Bigbeat LIVE スペシャルステージの後半に行われたグローバルステージ。ASEAN市場開拓に奮闘する4人のリーダー、サイボウズ株式会社 酒本健太郎さん,Studist (Thailand) Co., Ltd. 豆田裕亮さん,WingArc Singapore Pte. Ltd. 山本修平さん,Bigbeat Bangkok Co., Ltd.の金子秀明がパネルディスカッションでも熱く語り合いました。アジェンダとして掲げたのは「海外と日本のビジネス環境・商習慣の違い」「海外に出て大変だったこと」「日本のスタイルが通用するか」「ここ数年の経験を踏まえたアドバイス」。その内容を詳しくお届けします。
日本とはどこが違う?海外のビジネス環境
日比谷:早速ですが、最初のテーマから聞いてみたいと思います。海外と日本のビジネス環境・商習慣の違いを感じるシーンはありますか?
山本:まず、ビジネス環境の違いについては、基本的な情報から読み取ることができますね。各国のGDP/人口動態/宗教/言語/共産圏/政治動向/産業構造/日系企業数などを理解することで、自分たちのプロダクトがどれだけ受け入れられるかを予測して、ターゲッティングができると思います。
金子:赴任して1年半なので、話せることが限られますが、最初は支払いの習慣の違いに戸惑いました。例えば、パートナーと協業する場合、日本では案件終了後に全額を支払いますが、タイでは着手時に50%、残りを納品までに支払うのが一般的です。着手金分の仕事をしてもらえるかどうかが心配になりますし、キャッシュフロー管理が大変です。例えば、コンパニオンをお願いするときも、当日の支払いのために現金の準備が必要になるのです。
日比谷:他の皆さんも同じ苦労をしていますか?
酒本:支払いの話はよく聞きますね。私たちはパートナー販売モデルなので、直接リスクにさらされているわけではありませんが、現地企業と直接やり取りをするパートナーから嫌がられたことはあります。
日比谷:そのリスクを仕組みでカバーすることは難しそうですね。ビジネス環境・商習慣の違いについては豆田さんが話したいことがあるようですが。
豆田:スタディストの場合は、ちょうどタイ語のコンテンツが揃ったところなのですが、日本とは違うやり方をしないと質の高いリードが獲得できないと実感しています。
今は、書籍『トラクション―スタートアップが顧客をつかむ19のチャネル』に出てくるチャネルを一つずつ検証しているところです。例えばGoogle広告(旧Google AdWords)のキーワードを決めようにも、日本語の場合は「手順書」「マニュアル」が使えますが、タイ語に置き換えるだけではダメだとわかりました。フォームもやってみて、3日で30件ぐらいのコンタクト情報を得られたものの、メールを送っても全く返事がありませんでした。
酒本:今の話を聞いて、私たちのフィリピンのパートナーが試したことを思い出しました。最初はお客様の負担を減らすために、入力必須項目の数を少なくしました。それで300件のコンタクト情報を得られたものの、案件化したのはゼロ。次に必須項目を増やしてもう一度試したところ、1カ月で得られたコンタクト情報はわずか4件でしたが、うち3件が訪問につながりました。
スタッフの転職は当たり前
日比谷:登録の重みが違う以上、日本と同じ設計ではダメということですね。他に苦労していることはありませんか?先ほどの説明で、豆田さんと金子さんは、採用について触れていましたよね。
豆田:採用は英語でやりますが、お互いに母国語ではない分、深い話ができないことにフラストレーションを感じます。基本的に履歴書にはやったことがあることを「できる」と書いてあるので、テストして確かめないといけないこともあります。日本では難しいですが、とりあえずの採用でも、3カ月間の試用期間中にパフォーマンスを発揮できない場合は、辞めてもらうという割り切りができる違いはあります。
山本:東南アジアでは転職が当たり前ですよね。3年でいなくなるのは珍しいことではありません。良い方に捉えると、私たちの製品を利用した人は、履歴書に「MotionBoard(ウイングアーク1stが提供するBIダッシュボード製品)ができる」と書いてくれるわけですから、転職した人が私たちの製品を広めてくれるとも解釈できます。
酒本:あるデカコーン企業(時価総額が100億ドル以上と評価される、未上場のベンチャー企業)でkintoneの受注ができたのは、パートナーの現地スタッフが転職先でkintoneを使いたいと言ってくれたことがきっかけでした。人材の流動性が高いことにはメリットもあります。
日比谷:人材の流動性が高いおかげであちこちに広めてもらえる反面、常にたくさん人が出入りするわけですよね。採用時に「大丈夫」と思っても、裏取りをやらないといけないのではありませんか。
豆田:履歴書に以前の勤務先の記載があるので、リファレンスチェックを必ず行います。薬物経験者や会社の金を使い込む人がいると聞くので、犯罪歴も確認します。
金子:リファレンスチェックは大事です。本来であれば、間に入る人材紹介会社がやるべきことだと思いますが、そこまでしっかりとフォローをしているところは多くはなく、結局は独自にやらざるを得ません。
どうしたらいい?現地語の勉強
日比谷:丁寧なコミュニケーションで採用や施策の質を担保するには、現地語が必要になりますよね。どうやって対策していますか。
豆田:1年半いての結論としては、やはり現地語を勉強するべきということです。今は週2・3回タイ語を勉強しています。タイの現地企業への営業では、タイ人の言葉がわからないと商談の状況がわからないですし、スタッフへのフィードバックもできなければ、改善のための手も打てません。その状況で意思決定をするのは怖いです。今は本気で勉強しています。
日比谷:元々は英語ができれば十分と考えていたわけですね?
豆田:そうです。現地企業の経営幹部クラスであれば英語ができるのですが、その現場クラスになると、英語は片言でタイ語だけです。これはユーザーとのコミュニケーションはタイ語が必須ということでもあるので、プロダクトに加えて、FAQやヘルプもタイ語化しました。お客様の問い合わせ対応もタイ語でできる体制の整備も進めています。膨大な工数がかかっていますが、今のお客様への対応のためには最優先で進めなくてはなりません。
日比谷:金子さんはどうでしょうか。
金子:Bigbeat Bangkokの社内公用語は英語ですから、英語ができることは現地スタッフ採用の基準の一つです。とは言え、私自身も現地語でなければ、ビジネスを前に進められないと感じています。英語で説明をして理解をしてもらうことはできますが、あと一歩が踏み込めないもどかしさがあります。私もタイ語を勉強中ですが、見えない壁を突破できるのはタイ人だけなので、最後の一押しは彼らに任せるようにしています。
日比谷:パートナー販売モデルの場合は事情が変わりますよね。
酒本:言語よりも大事にしているのは、信頼できるブリッジになる人を探すことです。例えば日本に国費留学したことのある優秀な人を紹介してもらうなど、知り合いの知り合いと伝手を辿って探しています。
山本:普段はホワイトボードをフル活用していますが、私も英語があまり得意ではない分、中途半端になるぐらいなら通訳を活用することも検討しています。それから、言葉も大事ですが、私はローカルの屋台など現地生活の中で現地の人と食事をしながらもコミュニケーションをとることは、信頼関係を築くために効果的だと思っています。
お手本から学べること
日比谷:山本さんの説明にお手本を見つけるという話がありました。お手本はどうやって見つけるのでしょうか。そもそも他社のケースを聞いたところで参考にできるものでしょうか。
山本:同じ業界内での情報交換を通して、お手本となる海外ビジネスの経験が豊富な先駆者を見つけてお会いし、様々な取組みや苦労話を聞かせてもらっています。ウイングアーク1stの場合、国内パートナー企業は500社に上りますが、実際は拠点があっても、日本と同じ事業をしていないところがほとんどでした。そのため、あらゆる角度から話を聞くことで海外ビジネスの特長や特色が把握でき、参考になっています。
酒本:先輩たちの話は参考になりますが、最後は自分の直感を信じ、やってみての検証が必要です。サイボウズは日系企業を対象にしたセミナーで成功しているのですが、フィリピンとインドのパートナーに提案した時は反対されました。でも蓋を開けてみたら大成功だったのです。
日比谷:裏取りは自分でやるということですね。豆田さんは情報収集が得意そうですが、どうですか。
豆田:1年半いていろいろな人に会いましたが、同じようなBtoBクラウドを扱っている日本企業でタイ現地企業へのアプローチが大成功している企業は見つけられなかったです。自分でやるしかないと思って、試行錯誤を続けているところです。現在は自分のリソースの8割をカスタマーサクセスに振り向け、他のメンバーのリソースも使い、ほぼ毎週どこかのお客様を訪問し、手取り足取りで現場への定着を支援しています。ここまでやればツールを導入して終わりにはならないでしょうし、文化が変わるところまで見届けられます。
日比谷:真似するのではなく、自分で試行錯誤しながらプロダクトをコツコツ育てるわけですね。
豆田:最終的には自分でやってみないとわかりません。それからB2Bのビジネスは口コミがものを言うところが大きいので、今のお客様の満足度を高めることに注力しています。
酒本:サイボウズの場合、立ち上げ期のプロモーション方法が参考になります。当時は「目立ってなんぼ」でアウェアネスを得るためにあらゆることをやっていました。同じように、東南アジアでも「あの黄色い会社」だと覚えてもらいたいです。
海外に行くなら「早く行こうよ」
日比谷:ここまでの話を聞いていると、「日本のマーケティングがそのまま通用するか」についての答えは明らかにNoですね。最後にこれから海外にチャレンジする人に伝えたいことをお願いします。
豆田:応援メッセージとして言いたいのは「頑張ってください」だけです。日本でやっていたことをそのまま適用しても成功しませんし、日本のリソースを使うこともできません。マーケティングだけでなく、経営者として人事や財務の知識も必要です。元々海外志向があったわけではありませんが、「どう?」と聞かれ、行くと即決したことを後悔はしていません。今が楽しいです。
金子:私も応援メッセージとするにはおこがましいので、この1年半で学んだ4つを紹介させてください。一つ目はタイに住まわせてもらって、仕事をさせてもらっているという気持ちで生活していること。二つ目はその国の言語を学ぶこと。三つ目がその国の歴史を学ぶこと。最後にこれまでの成功体験は役に立たないということです。
山本:私は「百聞は一見に如かず」を実感しています。国内営業一筋で成績も良かったので、海外に行っても通用すると思っていましたが、それは間違いでした。これから挑戦する人たちはいろいろな意見を聞くことになると思いますが、自分たちのビジネスにどれだけ活かせるかは自分の肌感覚と融合して考えてほしいですね。失敗して当然です。その分、失敗したらすぐに軌道修正をしてください。それができれば成功につながります。
酒本:アドバイスになるかはわかりませんが、IT業界において東南アジアはとても魅力的な市場です。私自身は英語があまりできませんが、なんとかやっています。やりたいならやってみることを勧めます。
金子:冒頭に「やってみようよ」と呼びかけたのは、ここに来た人の大部分が海外進出の必要性を実感しているからだと思います。歯医者に行くのと同じで、いつかは行こうと思っているのであれば、先延ばしにしないで「早く行こうよ」と言いたいですね。
日比谷:今日の4人の話を聞いて思ったのは、全員が変化やギャップ、未知のものに対する耐性が高い人たちばかりということです。新しいチャレンジをする時は、失敗することが前提で、そこからいかに挽回するかという姿勢が求められると感じました。ありがとうございました。