2019.11.14

Case Study

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「社員15名の農業ベンチャーが挑む、ICTを活用した全員マーケティング」

NKアグリ株式会社(NK AGRI)

VCM(Value Chain Management)部  販促・PR担当

山川 空(Sora Yamakawa)

現像機メーカーから生まれた食の企業 NKアグリ(NK AGRI)

現在和歌山県にある植物工場では、レタスを栽培しています。一般的に、工場での野菜の栽培というと、LEDなどのライトを使って昼夜管理をしていきますが、NKアグリでは太陽光100%、農薬不使用で自然の力を最大限に活用した野菜作りを行っています。社員わずか15名。山川さんは元々ソフトウェアメーカーであるサイボウズ株式会社(Cybozu,Inc.)というIT企業で広報の仕事をしていましたが、2017年にNKアグリに入社。部署はバリューチェーンマネージメントと言いまして、営業、研究、産地開発、生産管理を全員で手分けして行っています。

「たった15人のベンチャー企業です。全員が効率的に動き、最大効果を発揮させなければいけません。ですから、営業が農家に赴くこともありますし、産地開発の担当者が営業をすることもあります。」と言う山川さん。現像機メーカーから生まれた食の企業が、たった15人で「人びとが健やかな暮らしを育むための食を提供する」を目指して、農業の課題にどうやって挑んでいくのかをご紹介します。

レタスを買う時、重さを気にしますか?

<価値を決める構造について考える>

NKアグリには解決したい農業の課題というものが3つあるのだそうです。1つ目は、既存の流通規格と消費者ニーズとの乖離。2つ目は、地域ごとの農業が生み出す価格変動。3つ目は、予測ではなく制御に集中した技術開発が行われていること。1つずつ見ていきましょう。

まずは既存の流通規格について。野菜の価値って、なんでしょうか? 「(流通が考えている価値が)消費者が野菜の価値として感じているものと異なっているという事実が農業界にはあります。市場流通においては例えばレタスですとレタスの重さが価値として求められているのですが、店頭販売でお客様と交流すると、お客様はそんなにレタスの重さって気にしていないんですね。」と山川さん。確かに私自身、レタスを買う時に重さを気にしたことはありません。山川さんはさらに「店頭でお客様と交流してみると、どうも重さを気にしている人というのはあまり見かけません。感触レベルではありますが、むしろ食感や、あるいは栄養成分を気にして購入している人が多いようです。」と続けます。たとえば、お肉をしゃきしゃきのレタスで巻いてとか、やわらかな口当たりのレタスをサラダで食べたいということですよね。どうも需要と供給が考える野菜の価値が、それぞれ違ってしまっているという現実があるようなのです。これが1つ目の課題です。

次に、地域ごとの農業が生み出す価格変動について。「農業の業界は地域ごとに閉じてしまっていて、それらの情報が連携されていません。どの地域でどのくらいの野菜が生産されているのか、リアルタイムで全貌を把握することができない状態なのです。」 そうすると、どういうことが起こるのでしょうか。「ある野菜が突然大量に出荷されて値段が下がったり、あるいは急に足りなくなったりして、値段が乱高下します。」 なるほど、私たちはそもそも野菜とはそういう物だと気にしていないかもしれません。しかしそれは、野菜の値段が出荷の量に大きく影響を受けて、野菜の価値そのもので判断されなくなっていることを意味します。つまり、野菜の値段を商品そのものの価値で決めるためには、実は地域ごとの生産量について連携を取る必要があるのです。

そして3つ目の課題。予測ではなく、制御中心の技術開発が行われていることについて。「農業の技術開発は、生産管理などの制御に集中したものが昨今のトレンドになっています。生産管理の制御というとどういうことかといいますと、定量生産、定量出荷を目標としたソリューション、つまり、いつも一定の数の野菜を作って出荷しよう、ということです。」 野菜の出荷量で値段が乱高下するのだから、定量出荷できた方が良いじゃないかと思われるかもしれません。しかしそれは、需要の方も一定であった場合にのみ言えることです。多くの人は毎日同じ食事をしません。山川さん自身「私もレタスを毎日食べているわけじゃないんです、ごめんなさい。」と、はにかんだ笑いを見せました。季節はもちろん、天気や気温、湿度などでも食事の傾向は変わりますよね。

ですから、需要の変化にもついていかなければ結局それに価格が影響されます。NKアグリでは過去の生産や販売からデータをとって予測し、生産と営業のITによるコミュニケーションに力を入れているそうです。「需要の高まりそうな時期にあらかじめ生産を増やしておいてもらったり、あるいは天候によって生育が少量になりそうな時は、営業側が営業活動によって取る店舗の棚を減らすようにしたりすることもあります。こういった予測の精度向上にこそ、技術開発をするべきではないかと思うのです。」

種を作る人、育てる人、売る人が違う価値を尊重している

<サプライチェーンの断絶を見直す>

 

これら3つの課題の根幹として、生産と流通、小売り、あるいは研究開発の連携がうまくいっていないという仮説がNKアグリに生まれました。「野菜が生産されて食べる人に届くまでには、まず種苗メーカーがあり、生産、流通という流れになりますが、種苗メーカーが栄養価の高い種づくりに価値があると思っていても、農家においては生産性の高さが評価され、流通においては見た目こそが価値であるというのが現状です。」 これでは、何が野菜の価値であるかお客様には伝わりようもありません。ですから、店頭においてその野菜が、何を価値としているのか、誰に向けた商品なのか、明確化されていないというのが実態です。

生産からお客様に届くまでの工程を「サプライチェーン」と言いますが、NKアグリでは農業がこのように種苗メーカーと農家と流通が別々の価値を評価して別々の方向を向いている現状を「サプライチェーンの分断」と呼んでいるそうです。「この分断を解消すること、サプライチェーン全体が野菜の最大価値を定義し、それをお客様まで届けるというところまで一致団結する、それこそが農業の業界が最初にやるべきマーケティングではないかと考えました。」

 

「マーケティング」と言えば、お客様に価値を伝えるということに主眼が置かれることも多いかと思いますが、農業の業界においては、そもそもその価値を定義する基盤づくりができていなかったという実態があるということなのですね。しかし、これは必ずしも農業の世界だけで起きていることではないのかもしれません。多くの商品は1社で研究開発や生産、流通まで全てをこなしてはいないでしょう。関わる人や組織が多くなればなるほど、どこかで評価の不一致が起きて、お客様に価値を届けることが難しくなるかもしれません。

 

「逆に言えば、お客様が価値と感じているものをそのまま商品化して、その価値が切れないように生産、流通を行うことができれば、農業でも需要に即したマーケティングができるのではないかとNKアグリは考えています。その為には、野菜に関わる全ての職種、全てのメンバーが、この価値を求めるお客様にこの野菜をお届けるんだというマーケティング意識を揃えて仕事に向き合う必要があります。」 そう力説する山川さんは、それこそが、表題にもなっている「全員マーケティング」の意味であると言います。

マーケティング基盤を実現して商品化したニンジン「こいくれない」

<商品の為にマーケティング基盤を作る>

 

関わる人みんなで野菜の価値を揃えるといっても、消費者が何を求めているかが分からなければ始まりません。リクルートライフスタイルが運営する調査機関である「ホットペッパーグルメ外食総研」が2017年8月24日に公表した野菜の好みに関するアンケートがあります。

首都圏、関西圏、東海圏に住む20歳から69歳の男女を対象としたインターネットモニター調査に、最近意識して採るようになった野菜について、その理由を上位から3つ紹介しますと「おいしいから、好きだから」「健康的な食生活のために必要だと思うから」「栄養価が高いから」となっています。つまり、おいしくて、栄養があって健康になれる野菜がいい、ということになります。前述のとおり、NKアグリの企業理念は「人びとが健やかな暮らしを育むための食を提供する」というもので、ピッタリ合致します。そこで、この消費者の想いをそのまま価値にした野菜流通づくりこそが、マーケティングのはじめの一歩として取り組むべきことではないかとNKアグリが仮定して取り組んだのが、リコピンにんじんの『こいくれない』です。

「『こいくれない』の元々の品種は、リコピンを多く含んでいまして、ニンジン独特の癖がなく、強い甘さを持ったちょっと変わったニンジンでした。試食販売を行えば、子どもが食べられたのでとか、ニンジンが嫌いだったんだけどこれは美味しいからという理由で購入する人の多い、味と栄養価に関して大変評価の高いにんじんです。しかし、成長の間に形が曲がりやすく、見た目を重視する流通に乗りにくいという欠点がありました。結果、味と栄養価という高い価値を持ちながら、今まで多くの人に食べてもらうことはできていませんでした。そこで、『こいくれない』の価値であるリコピンを最大化してお客様にしっかり届けていくマーケティング基盤を作ろうと決め、研究開発、そして流通の構築を始めました。」 山川さん達は、ニンジンを売るために、マーケティング基盤を固める行動を開始します。

「まずは、リコピンの最大化です。生鮮食品は栄養価がばらついてしまう特徴があります。そこで、何を見ることで栄養価を予測できるかということを研究します。その為に、温度や湿度、日照や水分量など、あらゆるものを測定します。」 発芽率の調査の為に全国の農家を回ったり、成長の各段階でたくさんのニンジンを掘り出して重さや長さを測ったりという、とにかく地道な作業を続けた山川さん達。貴重なデータを収集確保し、リコピンを最も多く含む収穫時期の予測システムの開発を成し遂げます。

「申し上げた通り、NKアグリはたった15人のベンチャー企業です。その15人でこのような研究ができるわけでもなく、多くの大学様と協力して進めてきました。また、大学様との共同研究は、栄養価の高い野菜を食べた人の腸内フローラ、つまり腸内環境がどのように変化するかがテーマになっています。腸内環境は医学としてホットトピックであり研究価値が高いため、国からの予算もいただけました。今でも、多くの研究者様に支えられて研究は進んでいますし、『こいくれないの価値を決めたのは俺なんだ』と、誇らしく話をする方もいらっしゃいます。」 もちろん、一朝一夕にはいかなかったでしょう。農林水産省や各学会に訪問する中で、協力することでシナジーがありそうな研究者の方にコツコツと声をかけて、研究体制を培ってきた結果なのだそうです。

安く売るためには縦に伸ばす

<価格を下げる為にできることを考える>

リコピンを最大化していく取り組みをご紹介しましたが、それだけでは量販店、いわゆるスーパーマーケットの棚に置いてもらうのにまだまだ課題がありました。というのも、こいくれないは収穫時期が1か月しかありませんでした。1か月しか収穫できない限られた量だと、価格が非常に高くなってしまいます。いくら美味しくて栄養価が高いにんじんが作れたとしても、それがごくごく限られた人しか購入できないということではNKアグリが掲げる理念である「人びとが健やかな暮らしを育むための食を提供する」を達成することはできません。そこで、こいくれないの流通を増やすべく、NKアグリの取り組みに共感してもらえる農家に生産をお願いしたそうです。ポイントは、お願いした農家のある地域の分布です。

「現在、北は北海道、南は鹿児島まで7道県にてこいくれないを生産しています。」北は北海道から、南は鹿児島までというのが重要で、南北と縦に長い日本の各地で生産すると、少しずつ種まきの時期が変わってきます。そうすると、必然的に収穫時期もずれていくわけです。「産地によって種まきと収穫時期をずらすことによって、もともと1か月しかない収穫時期をずらして、半年の間、スーパーの棚を確保して店頭に並ぶことができるようになりました。生産量も増え、店頭における時期も長くなり、毎日の料理に使うことができる価格設定が実現できました。さらに、産地を連携し、こいくれないの現在生産流通されている量を需要予測とあわせて管理し、価格を一定に保ちます。」

 

さらに山川さん達はマーケティングによって商品企画の変更も行いました。もともとこいくれないは3本をワンセットにして販売していました。しかし個食が進み、一家族が消費する野菜の量が減っているという現状から、現在は2本198円で広く展開しています。これらの取り組みにより、現在は全国の4分の1のスーパーマーケットでこいくれないを購入することができるまでになりました。

NKアグリの活動は、農業の課題を見つけ、あるいは消費者の需要を見つけ、そしてそれらの課題や需要に応えようとする人を見つけ、地道にお互いが協力できるポイントを探し、連携し、基盤を作っていく活動です。その基盤は、社会とよりよい関係を作っていく道筋に他なりませんし、彼らの言う全員マーケティングそのものであり、たった15人のベンチャー企業が驚くほどのパワーを発揮する源であるとも言えるでしょう。自分達のしていることが、社会とどう関係を紡いでいるのか、その商品を応援する人は誰で、どう協力するのか。関わる人たちはみな同じ方向を向くことができているか。全員マーケティングをする基盤づくりを、色々な場面で考えてみても良いかもしれません。