【Bigbeat LIVE ASEAN Vol.2】
成長・進化が著しいアジアに学べ! 「価値共創」起点で描く日本企業のアジア戦略
アジア市場へのビジネス展開に挑戦する企業を応援するイベント「Bigbeat LIVE ASEAN」も、2021年9月28日の開催で2回目を迎えました。
基調講演に登場したのは、経済産業省でアジアDX(デジタルトランスフォーメーション)プロジェクトを率いている前田翔三氏。
なぜいまアジアが注目されているのか、アジア市場で日本企業が成長する鍵は何か、アジア市場と社会の変化を分析し、語っていただきました。
なぜいまアジア市場なのか?
世界人口の約5割を占めるといわれているアジア市場。
東は日本・中国、南にはシンガポールやインドネシア、ベトナム、そして西にはインドと広い範囲にわたっており、成長著しいといわれている市場です。
Bigbeat LIVE ASEAN Vol.02の基調講演に立った経済産業省 アジア新産業共創政策室 室長の前田翔三氏は、アジアで新産業創出を目指す企業を政府が後押しする「アジアDX(デジタルトランスフォーメーション)プロジェクト」チームに所属しています。なぜいま、政府はアジア市場に注目しているのでしょうか。
前田氏は「高度成長期、製造拠点として注目していたアジア市場は、2000年代に入ってから急成長を遂げ、製造拠点としてではなく、事業地点として期待が集まっています」と説明します。国民1人当たりのGDPが伸び、中間層が拡大することで購買力が大きくなり、世界市場として存在感を増してきました。
ただ、こうした表層だけの変化や成長を見てアジア市場進出を考えるのではなく、「さらに一段視点を上げた打ち手、戦略を考えなければならないと思います」と前田氏は続けます。なぜならアジア市場はデジタル変革の面でも投資の面でもすでに日本を抜き、大きな進化を遂げているからです。この進化の過程を見ていくなかで、「協働」や「協業」、または「付加価値の共創」というキーワードが重要なポイントとなっていると前田氏は話します。
デジタルへの適応に遅れをとる日本
まずDXという点から、いまの日本市場を見てみましょう。
前田氏は、DXの前提となるさまざまな汎用技術(General Parts Technology:GPT)は、社会の広範囲にインパクトをもたらすがゆえに、
「生産性を上げていくまでには相当の調整期間が必要です」と説明します。実際、米国の労働生産性の伸び率の推移を1970年代から現在に至るまで見ていくと、ITが普及する過程で生産性が停滞していた時期がありました。その後、GPTに社会や企業が適応するに連れ、生産性が上がってきました。
日本の状況を見ると、そもそもIT化が急激に進んだ2000年前後の第3次産業革命の時期から、長い調整期間=停滞期にはまっていったことが見て取れます。
さらに近年はAIやDXといった新たな第4次産業革命が起こっており、第3次の波に乗り切れないまま、より複雑な状況になっています。
また、設備投資や研究開発費といった未来に向けた投資が低いのも日本企業の特徴です。米国企業は稼ぎが伸びる以上に攻めの投資を行っていますが、日本企業の場合、保有している現預金はこの7〜8年で60兆円増えているものの、投資には積極的ではありません。このため、新しい製品やサービスの開発に関しても諸外国に遅れを取っています。
DXに関しても同様です。米国企業、日本企業の経営層を対象にした調査では、DXへの取り組み方や向き合い方で、やはり温度差があることがわかりました。たとえば日本の場合、経営層が直接陣頭指揮をとってDX化を進めようという企業は36%なのに対し、米国企業だと過半数を超えています。
「広範な範囲に影響を及ぼすGPTを取り入れていく際は、単にそれを導入するだけでなく、意思決定のあり方、働き方、マネジメントの仕組み、あるいは現場レベルでの動き方、付加価値の作り方、いろいろなものが変わっていくことを理解する必要があります。経営層はDXを経営戦略そのものと捉えていかなければなりません。こうした意識を持っていまのアジア市場を捉え、新たな付加価値の創出に向けて動き出すことが必要なのです」と前田氏は話します。
デジタル化、スタートアップ投資で先行するアジア市場
ではアジア市場はどうか。アジア市場という大きな枠で見ていくと、第4次産業革命による企業変革は日本よりも先行しています。
特に無視できない大きな流れになっているのが、スタートアップの盛り上がりです。最近は東南アジアだけで1兆円、インドでも1兆6000億円〜1兆7000億円もの投資がスタートアップに集まっています。日本では年間5000億円ほど。東南アジア8ヵ国でビジネスを展開するタクシー配車アプリ「Grab」やオンラインゲームの「Sea」などは、毎ラウンド1000億円以上の資金を調達する「メガコーン」として注目され、このうち2017年に上場したSeaは、2021年8月時点で時価総額16兆円となっています。日本企業でこの時価総額を超えるのはトヨタ1社だけ。「日本企業に並ぶ、または超えている企業がアジア市場で次々と誕生しており、その多くは社会課題をデジタルで解決する社会変革企業として存在感を放っています」と前田氏は説明します。たとえばインドネシアのハロドックは遠隔診療サービスを提供することで、島嶼部が多くて医療リソースが不足しがちな国の課題解決につながる事業を運営していますし、インドネシアのシチャパットは物流チェーンを整備するプラットフォーマーとして急激に伸びています。
東南アジアやインドのスタートアップに集まる投資のユニークな点は、「単にキャピタルゲインの獲得を目指すだけではない」ということです。Googleは2020年7月にインド市場への投資計画を発表しましたが、これを受けて2021年6月に発売したのが、投資先のインド企業と共同で開発した低価格スマートフォンでした。Facebookも同じく、インド国内の小売店の商品配送サービス「Jio Mart」とアプリ「What’s app」を組み合わせた新サービスを展開していますし、中国のテンセントはシンガポールのSeaに出資をしています。
「GAFAなどの巨大企業が彼らの世界戦略のなかで、共創することでシナジー効果を出していくことを狙い、現地のスタートアップに投資をしています」と前田氏。
これがアジアで起こっている「付加価値の協業・共創」です。
さらに近年は、アジアのスタートアップが先進国の企業を買収する事案も増えてきました。インドの教育系スタートアップであるビジュズ(BYJU’S)は米国の電子書籍プラットフォームであるエピック(ePic!)を買収、同じくインドのライドシェアサービス・OLA(オラ)がオランダの電動二輪車のエデルゴを、シンガポールのフィンテック・プラットフォーム事業者ニウムがイギリスの仮想クレジットカード企業を買収するといったように、新興国に生まれたスタートアップも彼らの世界戦略の下、先進国企業を買収する動きが出ています。
スタートアップにデータが集まることで事業が多角化し、著しい成長を遂げていることも注目です。Grabは配車サービスからフードデリバリー、宅配と事業を拡大し、そのユーザーに対して決済や融資、保険などの金融サービスを提供するようになりました。シンガポールやインドネシアで銀行の株式やライセンスを取得するなどの動きを見せています。どの企業も、DXと非常に親和性の高いビジネスモデルを描き、急成長を遂げているわけです。
日本企業がこれからアジア市場で活躍するには
今後、アジア市場に日本企業はどのように参加していけばいいのでしょうか。前田氏は「率直にいえば、日本企業が出遅れた感があるのは否めません」としながらも、その可能性・ポテンシャルはまだ大きいと見ているそうです。
前提となるのは、これらの新興国スタートアップは、どの企業も現地の社会状況や課題を深く洞察したうえで、それに寄り添ったソリューションを提供するためにデジタルを有効活用していること。スマホアプリは非常にスピード感速く、課題解決の手段を提供できるので、それに伴い急成長してきたわけです。
次の5年、10年は、こうした社会課題解決型の動きが、よりディープかつ効率的という方向に向かっていくと考えられます。その1分野として前田氏が注目しているのが物流です。物流構造の改善はもちろん、零細家族経営の小売店が持つ課題、コールドチェーン実現の技術や食品衛生の課題など、さまざまな課題につながっています。「こうした点で、日本はすでに培った技術やノウハウがあるので、アジア市場のスタートアップと組んで還元していくという道筋があるのではないでしょうか」と前田氏はいいます。
もう1つ着目しているのがヘルスケア分野です。インドを例に取ると、世界2位の糖尿病大国であり、重症化させない技術やプライマリーケアが求められています。こうしたところで日本の医療の知見をもとにした治療やケアサービス、またはアプリによる健康管理といった新たな事業展開が考えられます。
現地の社会課題解決ニーズの深層をとらえる
こうした事業アイディアを展開する際に、忘れてならない点が1つあります。それはアジアとの連携を考えていくうえで、インクルージョンが不可欠だということです。前田氏は「私見も入りますが」と前置きしたうえで、次のように説明します。
「アジアにおける新しいビジネス、特にサステナビリティや社会課題解決に貢献するビジネスと組むことが、日本企業にとって大きなチャンスになると私たちは見ています。そのためには日本企業側も意思決定や事業のスピード、現地法人との協業のあり方について変化する必要があります。そうした仕組みの変化を踏まえ、コーポレートトランスフォーメーションを興して、その地域の長期的な発展・繁栄に貢献していくという意識で臨むことが、進化・成長著しいアジア市場で伸びていく1つの鍵なのです」
最後に前田氏は「見逃し三振はもうできません。われわれアジアDXプロジェクトチームも、アジア進出を目指す日本企業を応援しているので、ぜひこのプロジェクトに加わってください」と述べ、講演を終えました。