Bigbeat LIVE ASEAN Vol.1】
マルコメがバンコクで長野県とコラボしたアンテナショップやカフェを運営する理由
2013年にタイで現地法人Marukome (Thailand) を設立し、味噌や糀などの輸出入・卸事業を手掛けているマルコメ。同社は40年近くタイ国内のディストリビューター経由で商品を提供してきましたが、「市場の声をダイレクトに聞き、ニーズに応える必要がある」ということで本格的に進出を決めました。そんなMarukome (Thailand) は、商品をスーパーや飲食店に卸すだけでなく、長野県と協業してバンコクにアンテナショップを開いたり、甘酒などを楽しめるカフェを運営したりと、日本とは違うユニークな事業を展開しています。タイ現地法人の社長である山本佳寛さんと、バンコクでコワーキングスペース事業を統括しているMonstarHub (Thailand) 辺田剛士さんにお話しいただきました。
マルコメがタイ現地法人を設立した理由
マルコメといえば味噌、味噌といえばマルコメ、日本人なら誰もが親しんでいる“味噌”のイメージが強いことから、つい勘違いされがちですが、マルコメの事業は国内にとどまっているわけではありません。マルコメのWebサイトにもあるように、世界のなかには「味噌や糀はまだまだ浸透していません」という地域があるものの、ヨーロッパや東アジア、東南アジア、オセアニア、アメリカ大陸など全世界で味噌の輸出量は増え続けています。
そんなマルコメは2013年、東南アジア市場に向けて味噌を中心に発酵食品の販売・卸を手がける海外法人として、Marukome (Thailand) Co., Ltd.をタイ・バンコクに設立しました。それまで同社は約40年にわたり、タイのディストリビューターを通じて味噌を中心とする発酵食材をアジア市場に供給していましたが、「ある程度市場も出来上がっていたなか、よりマーケットやお客様をフォローするために、直接販売にシフトしたいということで、現地法人を設立したのです」と、Marukome (Thailand) の社長であり、マーケティング・ディレクターを務める山本佳寛さんは話します。
山本さんの前職はお茶で有名な伊藤園の国際部。2013年に伊藤園タイランドの設立、同国で無糖茶市場を開拓後、2016年にマルコメに入社しました。前職時代から含めると9年間タイに駐在しており、「ご縁があって、直販に注力したいマルコメと私の経歴がマッチし、いまマルコメの事業を統括しています」と山本さんは説明します。
山本さんの対談モデレーターとして登場したのは、ITコンサル事業と共に、バンコクでコワーキングスペースの運営を担っているMonstarHub (Thailand)の辺田剛士さん。辺田さんは、タイ駐在歴が長く新しい市場を開拓してきた山本さんに敬意を表すると共に、「タイで事業をする意義と、具体的にマルコメがどのような事業を行なっているか教えてください」と質問しました。
「当社の業務を定款に沿っていえば、輸入販売・輸出ということで、日本の親会社から仕入れた商品を現地のスーパーマーケット、コンビニエンスストア、食品加工工場、飲食店等に卸すと同時に、マレーシアやシンガポールなど近隣国に輸出しています。タイでビジネスを展開する最大のメリットといえば、何といっても地の利があること。ASEANの中心に位置し、陸続きで周辺国に商品を展開できるので、消費財を扱っている企業にとって非常に魅力的です。また親日国で、日本食レストランや日系スーパーなども数多く、食の風土や国民性も相性がいいので、進出しやすいという面があります」
タイに現地法人を設立し、自らがディストリビューターのひとつとして直販するようになったことで、マルコメタイランドの事業も変化しました。山本さんによると、最大の変化は「現地の最終購買者=お客様と直接話ができること」だそうです。「消費財メーカーの方ならお分かりでしょうが、間に何社もディストリビューターが入ると、『現地の声が聞こえにくい』という事態が起こります。確かに取引先様を通じて情報は収集できますが、課題や問題がダイレクトに伝わってくることはありません。直接取引するようになったことで、迅速に問題を共有できたり、お客様の反応を把握できたりできます。価格が安定しない、高い値付けになるといったトラブルも回避しやすくなりました」
マルコメがタイで展開している事業はこれだけではありません。約3年前から山本さんが中心となって、アンテナショップやカフェも運営しており、現在タイ国内にそのような業態の店舗が4軒あるそうです。
アンテナショップで長野県と協業、タイに進出したい県内企業を応援
辺田さんが「アンテナショップやカフェというのは、具体的にどういう商品を提供しているのでしょう?」と聞いたところ、山本さんは「アンテナショップから説明しますと、その名のとおり本当に当社のアンテナショップ、商品をお店に並べて販売しているのです」と笑顔で答えます。
ただ、アンテナショップといっても看板に「マルコメ」とあるわけではありません。お店の名前は「発酵らぼ」。その名のとおり、マルコメの主力商品である発酵食品・食材がたくさん置かれています。そしてユニークなのが、このアンテナショップは、マルコメの本社がある長野県とコラボレーションしたアンテナショップで、「発酵らぼ×マルコメ×長野県」と看板に掲げていることです。
その狙いについて、山本さんは次のように説明します。
「1854年創業のマルコメは、長年地元・長野県の方々と共に歩んできた会社です。長野県はご存じのとおり健康長寿の県なので、発酵というテーマは長野県にとっても当社にとっても相性が良く、相乗効果を生み出します。そして来店してくださるお客様にとっても、日本の自治体とコラボレーションしているということはやはり信頼感につながりますし、そんな長野県で古くから事業を営む会社が共にタッグを組んで展開することは、双方にとってプラスになるということで協業したわけです」
続けて辺田さんの「店舗ではどのように県とのコラボレーションを行なっているのでしょうか」といった質問に対し、「月替わりで長野県の商材をこの店舗で取り扱って、お客様に紹介するということをやっています」と山本さん。単に長野県の商材をお店に置くだけではありません。県の海外進出支援事業も関わっているため、長野県内で「タイに進出したい」「自社製品をタイ市場で売りたい」という中小企業があれば、長野県とマルコメが選定のうえ、進出・販売のバックアップを行うというユニークな取り組みです。
山本さんによると、商材の選定に関しては、まず書類審査で企画に適合しているかをチェックした後、タイ国内で販売認可できる商品なのか検討し、その企業の担当者と面接をしたうえで、長野県側で決定するそうです。山本さんはアドバイザーとして、タイ国内で輸出・販売が可能かを現地事業者視点で判断するほか、「タイでの事業に非常に意欲があったとしても、タイ国内での競合や市場状況を鑑みて『本当にこの価格で大丈夫なのか』『海外進出に対し、どこまで強い意志があるか』などを直接ヒアリングし、アドバイスさせていただいています」とのこと。この取り組みに関しては辺田さんも、「県が進出を後押しするだけでなく、実際に現地でビジネスを展開している大きな企業が受け皿となることで、安心して海外挑戦できるようになりますね」と感心していました。
「展示会などでよく見るのですが、自治体のブースと、その自治体で事業をやっている企業のブースが別々に出展されていて、『一緒にやれば相乗効果があるのに』とずっと思っていたんです。この事業のアイディアはそこから出たものです」
タイでカフェを開いた理由
もう1つ、マルコメがタイで展開しているビジネスにカフェ事業があります。そのカフェ事業に乗り出した経緯について、山本さんは次のように説明します。
冒頭にもあるように、マルコメ=味噌というイメージが強いのですが、実は1990年に「マルコメ味噌」という社名から現在の「マルコメ」に変更。総合食品メーカーとしてのブランドづくりを進めており、実際に味噌以外では大豆粉や植物肉、甘酒などさまざまな食材をタイの現地法人で扱っています。そうしたなか、山本さんは「日本で数年前からブームになっている甘酒をタイ市場で拡大したい」との思いがあり、その方法を模索していました。
「店舗事業を検討している際に、アンテナショップで甘酒を販売することを想定していました。しかし1リットル/199バーツという価格設定になりそうで、日本の感覚ですと1000円近い商品になります。屋台のご飯が30バーツや40バーツ(100〜130円前後)なので、やはり高いというのがネックでした。また、それだけのお金を出して1リットル購入したとして、もし口に合わなかったら悲劇です。そこで、カップ1杯でお試しできるようにしたらどうだろうと考えたのです」
アンテナショップで商品を置くだけでは、なかなか新しい付加価値を提案できません。「カフェで日本の甘酒という飲み物を楽しめる」という点に価値を見出してくれれば、少々高額でも楽しんで味わってくれるだろうし、手軽に試すことができるので、もし気に入ったらアンテナショップでの購入につながる——そんな思いからカフェを始めたそうです。
一般的なタイ人の行動も、カフェをスタートしようと思った理由の1つです。「タイでは屋台のご飯を数十バーツで購入したあと、高級カフェチェーン店で倍以上の100バーツ出して食後のコーヒーを楽しむ人が多いんです。だからお金がないのではなく、そこに価値を見出せば、食事の倍以上するコーヒーにお金を払うんです。『タイの人はあまり貯金をしない、あるだけ使う』といわれていますが、趣味や好み、流行りを楽しむなど、自分で価値を感じるものにはお金を払うので、雰囲気や場所などの付加価値を付け、『カフェで甘酒』を提供することにしました」
こうした事業発想は、やはりタイに長年住み、現地の人と触れ合うことで培われたもの。辺田さんも「消費者などの大事な人たちと直接コミュニケーションすることで出てきた発想ですね」と感想を述べました。
コロナ禍で伸びるネット通販、成長国だからこそチャンスはある
一方、新型コロナウイルスの脅威はタイにも及んでいます。山本さん、辺田さんも「タイでは、日本では考えられないほど厳しいロックダウンが行われている」と意見が一致。そうしたなか、マルコメもネット販売事業が伸びているそうです。現地に住む日本人が購入しているかと思いきや、「タイ人のお客様がほとんどです。甘酒を注文される方が多いのですが、店舗だと当社のアンテナショップか日系スーパーにしか置いていないので、インターネットでオーダーする方が多いですね」(山本さん)とのこと。山本さんは、現在の環境がネット通販を後押ししていることを認めつつ、ネット通販がここまで拡大しているのは「物流会社の努力の賜物だと思います」といいます。ただ、安定配送ができているといっても、流通過程で商品が破損することも多く、クレームや再配送につながるという課題も。これに関しては、マルコメ1社だけの努力ではなく、配送サービス全体が成熟するように根気良く働きかけていく必要があります。
ネット通販の販促に関しては、タイで主流のFacebookを主に使っています。いまMarukome (Thailand)のFacebookページは10万人以上のファンがフォローしており、この層に向けてお得な情報やお勧め商品の投稿をしています。SNSを使った販促は、ネット通販にダイレクトにつながり、「広告を見て実際のお店に足を運んで購入する、というプロセスと違い、Facebookの投稿や広告を見てからお店のページに飛んで、クリックすれば購入が完了するので、「買い物に至るまでの壁が低いのでしょう」と山本さんは分析しています。この傾向は当分続くと見られます。
辺田さんが山本さんに「タイに来てからの成果と、今後の展開についてはいかがですか」と質問すると、山本さんは開口一番「タイは本当に事業がやりやすく、いい国だと思います」と即答。
「タイの人はお金をあるだけ使ってしまうといわれますが、それは実は国が成長している証なんです。経済が成長しているんですね。だから消費も伸びています。ただ、そうはいってもタイに来ればすぐに事業が伸びるわけではありません。努力は必要です。それでも日本と違って何でもできるので、売上は拡大するでしょう。タイは本当にいい国で、コロナ前だと海外ビギナーの方にもお勧めの天国のようなところでした。しかしコロナ禍の現在は、日本と異なり国が厳しく行動を制限・管理することもあり、日本では考えられないようなこともたくさん起こるようになりました。それでもタイは、現地で肌感を掴めばだいたいの傾向がわかるので、進出に当たり必要以上に意識する必要はないと思います」
また今後の展開については「拠点を展開していくかどうかは現時点では不明」としながらも、輸出入・卸、アンテナショップ、カフェ、そして成長中のネット通販と、成長路線を描いています。
最後に山本さんは、タイの進出を考えている方々に対し、「タイは規制もありますが、変化が好きな人にとってはたまらない街だと思います。毎日何回も変化があるので、その変化を楽しみ、武器にして成長していくことができれば、企業の方にしろ、個人の方にしろ、タイのビジネスはとても面白いはず。その変化に合わせて良さを活かしていくことがベストだと思います」とアドバイスし、対談を終えました。